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  アメリカの ペンフレンド
1985/5


 私が四十代半ばになって、今更英会話に興味を持ち、その必要を感ずるよ
うになったことを、自分でも少し変に思っています。
でも、とにかくアサヒ・イブニングニュースに載った「ペンパル広告」の記事を
見て、すぐにあなたに便りを出しました。
 そして一、二週問と経たないうちに、もうアメリカから厚い返信が着きました。
私もすぐにその返事を書こうとしているところですが、しかしその内容について
考えあぐねています。
日本と米国の生活というか文化の違いについて、驚きかつ逡巡しているからです。
 
 そもそもあのペンパルの貴方の広告文からして、「当方は成功しつつある男」
とありました。わが日本では、自己紹介にそのような誇大宣伝?は行いません。
内心で思っていても、外部に言うときは控えめに表現します。
そして次に、初めて受けとった手紙を開封してまた"アレー”と驚きました。
何しろ手紙文の冒頭が「ハイ!こんにちは」で始まっています。初対面では見なれ
ない言葉です。
でもまあ、その辺は良いとしましょう。あなたはニューメキシコの新興都市
(アルブカーク)の気候の温和なこと、公園の多いこと、それに仕事以外に
トレーニングをしたり、キャンプをしたりする生活を紹介する文章中のあち
こちで"私は幸福です〃という言葉を使っていますね。アイ・アム・ハッピーなん
て感覚は子供ならとにかく、一たび勤めに出た大人が常に使うなんてことは
日本では考えられません。

 三十七歳で独身であることが、そのように毎日の暮らしを楽天的にさせて
いるのでしょうか。あの広大な面積のアメリカ大陸の五〇州のうち四八州を
旅行したことや、両ドイツや東南アジアの名前を幾つも揚げて、訪問の楽し
かったことを書いてくれていますね。ここでも私は日本人との差を随分と感
じるわけです。日本人で小さい面積の自国内をほとんど旅して回った人は数
少いと患います。はっきり言って私自身だって、多分三分の一も旅で回る
なんてことはしていないでしょう。
あなたも言っていますね、「仕事一途に生きたくない、いろんな面で生活を
楽しみたい」と。私もそれには賛成です。そういう考えの人がどんどん増え
ていくことを望んではいます。

 ちょっと余計なことかも知れませんが、あなたの場合は自分自身が楽しく
生きるということにかなり積極的のようですね。でも日本人とそこも少し違
います。自分だけ飛び回るということに日本人は周囲と比べて躊躇するので
はないでしょうか。

 日本には周囲の目を気にして自分の生活を抑えるなんてことがよく有
りますが、アメリカにはないのでしょうかな。 アメリカ人は楽観的な人が
多いと聞いたことがあります。多分貴方の周りには、すでに同じような考え
の人が多いのでしょうか。

 一.・二の例を上げておきましょう。先日、知人の結婚式でのことでした。
新郎新婦のうれしげな顔つきは良かったのですが、横にすまして(無表情で)
座っていた六十歳の彼のお母さんは、小さな声で言っていました。
「私の場合は戦争で新婚旅行にも行けず、その後も今は亡き亭主が仕事一途
な人だったので、どこにも旅行など連れてい行ってもらえなかった」と。

 もう一例は職場のことです。私はビルの電気工事をやっていますが、ビル
の改修となるとその建物を使っている人達が帰ってから電気を消して作業を
します。先日もある改修工事のため社員の帰るのを待っていました。そして建
物内は一階から十階まで若い職員が一杯で、今はやりのワープロやコンピュ
ータを操作しています。ところが、土曜日というのに夕方の五時になるまで
仕事は終らないのです。そのビルで働く人達には労働組合なんてものはない
のでしょうか。五時を過ぎると少しづつ上役の顔色を見ながら帰っていくのです。
こんなことで、私もそこで働く人達も、生活を楽しむことに一途になることに
大きな壁を感じ、そこにアメリカとの具体的な差を感じます。

 いや、つまらぬことを書いてしまいました。私が何故、今更外国語を必要
に感じるようになったかについて話を変えましょう。

 今年の六月のことでした。私は、「南京大虐殺犠牲者追悼献植訪中団」の一
員の広告に応募して中国へ行きました。かつての日本軍の残虐非道な行為を謝する
ため、五千本の日本の苗木を持参し、南京市の公園に植えることが団の目的
です。行路はその苗木と一緒の船旅でした。その航海の二日問にも、中国大陸
に渡ってからも多くの欧米の旅行者に出会いました。
そして片言の英会話で聞き出したところによると、欧米では三週間の休暇を取
って海外などの旅行に使い、あとの二週問の休暇は小分けに使うということ
を教わりました。

 今年の夏は日本でも夏期休暇が大型になったと新闇は書き立てました。その
中の一例に、ある企業の社長が十日のジャンポな夏休みを消化したと書いて
ありましたが、欧米の人がみたら恐らく笑い出すことでしょう。

 私はどうしてか日本のみじめな生活について筆が走りがちですが、しかし
その生活の枠を破るために、私自身が先ず視野を広めて既成観念を破る必要
を痛感しているわけです。そのために外国語を学び外国の生活を良く知りた
いのです。
 世界を見ず自分の周りだけで判断する既成観念は恐しく自分の考えを保守的な
ものにしますね。
 例えぱ中語行きについて語りだすと日本の人は両極端の評価をします。
 中国を高く評価する人ととても低く評価する人がいて、そのどちらもあま
り現実にあっていないように思えます。他国についての知識なんてそんなも
のでしょうか。

 あなたはニューメキシコのアルブカークのプロフィールの資料を同封し
てくれました。それをみると屋外映画館のあることなど、やがて日本にも輸
入されるであろう設備が幾つか載っています。

 本当に日本は、どんどんと外国のものを取り人れて来ました。文字から衣
服から車から食料から、もう日本社会のほとんどのものは海外から輸入され、
ものまねをしてきたように思います。
 ところがそのどの異文化も日本人の生活を便利なものに変えて来ては居ま
すが、一人一人を大切にし豊かにすると言うこととずれている面があります。

 あなたの手紙の中では武士道と芸者について知りたいなどと書いています
ね。そして「五輪の書」という宮本武蔵の本を興味を持って読んだとありま
す。でも私は武士道や芸者などにあまり関心がありません。"武士は食わね
ど高揚枝・という諺をあなたも御存知のようですが、私達日本人はこの諺を
聞くとみじめさ、貧しさ、奴隷根性を感じます。だからアメリカ人の貴方が
何故そんなものに興味を持つのか不思議です

 中国への旅に同行したある老人は、"一たび難あれば火中に投じる”決意を
する勇ましさが大和魂だと言って、戦前の教育精神を称えました。その辺が
宮本武蔵に近い考えがあるのではないでしょうか。でもその勇気で何をする
かの方がもっと大切で、難しい判断が必要ですね 

 アイアム・ハッピーを連発されるあなたに対し、私は少し自己嫌悪になりす
ぎているでしょうか。でも私は日本人の誇れるもの、日本らしさを一生懸命
探しているのです。
 それも恐らく他国と比較して日本の良さが見えてくるのではないでしょうか。

 このペンヘレンドはなんと1ヶ月後には日本に現れた。 

私は仕事の場所近くで昼食を共にした。そして当然のように私はいくつもの文化
の違いと価値観の違いなどを学んだ。 身長は180近くの大男だった。ネクタイ
などしていなくて、実に簡単な服装だった。何処の料理店も昼間は客で一杯で、
とにかく入れそうなところを選んで入ったのは和室のある昼飯屋だ。私は先頭に
なって店の中へ入っていって、畳の部屋に上がった。ペンフレンドも遅れずに
着いてきたけれど、その足元を見てびっくりした。彼は巨大な靴のまま畳の部屋
に入ってきたのだ。
 「うわっ」と叫んで私は彼を制止した。周囲の客たちもビックリしたように見ている
のが解った。
 翌日は私が休暇を取って東京を案内する約束をした。その見学コースの中で、秋葉原
が入っていたけれど、彼はおみやげには全く関心が無いというか、そういう習慣自体を
知らないようだった。
 翌日東京駅の前で会う約束をした。時間通りに来たけれど、その服装を見て驚いた。
彼はランニングを着て、皇居を一周してきたという。だから服装は前日よりもさらに
簡単なものだった。旅行に着飾るというのは日本的な習慣なのだろうか、私は自分の
価値観がぐらつくのを感じた。

 私が選んだ観光コースは外人用の観光バスだった。東京駅を出発して、昼食は芸者の家
に寄って食事をした。外人達は二人ずれが多く、その連れ合いの女性が交代に和服を着て
実にうれしそうに写真に収まっていた。
その席で食事をしたが、酒も出たので隣の人に酌をしようとしたら外人たちは誰もその
習慣がないらしく、各自手酌だった。酒のあまり飲めない私には有難かった。
その観光グループには日本人は私一人で、アメリカ人以外に西欧など実に多様な人種が居た。
 日本人と思って話しかけたら全く言葉が通じない人もいた。彼もアメリカ人という。
 バスに乗っている間は各国の歌を紹介し合っていたが、そのやり方も実に楽しげな態度を
大げさに示し、遠慮というものが感じられなかった。イスラエルの人も居て、彼らは
「シャロム・チャベリン」を歌った。それは私が知っている数少ない外国の歌だ。
 その翌日ペンフレンドは名古屋にも知人が居ると言って、新幹線の切符を買いに行った。
するとなんと言うことか、切符代が高すぎると言ってその大男が半泣きになっている。
 彼は言う、「アメリカでは汽車は一番安い。車が一番高い」と。これも多分文化の違い
なのだろう。私にはどうしようもない。 
  
 まあ、こんな訳で外国のペンフレンドを持って実に楽しく有意義な勉強をさせてもらった。
で、私自身英会話能力が伸びたかどうか、全く確信がない。
 
   シー・ユー・レーター

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